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日本の石油業界年表~明治維新から1945年終戦を経て第一次オイルショック前夜1972年まで~

~明治維新から1945年終戦まで~ 

 

西暦 和暦 月日  
1645 正保2   越後国如法寺(現新潟県三条市)で天然ガス、実用化。 如法寺「火井の地」
1852 嘉5   越後刈羽郡妙法寺村の石油稼行者西村毅一が柏崎近郊の半田村に、原油三斗(54㍑)張り込みの釜を築き(ランビキ法)、我国で初めて石油精製を開始
西蒲原郡吉田に住む蘭方医喜斎が、創傷や痔疾に利き、癪には服用すると効験のある薬と称して透明な液体を使っており、これは草生水から精製したものであった。
西村毅一は蘭方医喜斎から製法を教えてもらい、半田村の実兄の阿部新左衛門と協力し事業化。( 製油の発祥地 )
1868 明1   明治維新(王政復古)。江戸開城。五箇条の御誓文。
1869 明2 1.1 日本の洋式灯台第1号・ 点灯
    2.20 鉱山開採出願許可(行政官布告)および開坑規則公布
    、初めて灯油8函を輸入(ビール瓶1本の小売値、金一分)
    秋田の千蒲善五郎、八橋の原油を で製油
    秋田の柿岡源十郎ら、組合事業で油井を手掘し、石油を精製
    越後の久須美三郎ら、ハリー(米)を雇い越後油田調査(石油開発で日本初の外人雇用)
1870 明3 10.20 工部省設置
    新撰組残党の一人、石坂周造、長岡に製油所を築き、原油2斗(36L)入りの1本釜または2本釜をすえつけた。
1871 明4 8. 石坂周三 、東京に「長野石炭油会社」を設立(1873年に長野石油会社と改称)
(資本金3万円、日本で初登録の会社)。 などの協力を得る。
1872 明5 2. 開拓使御用掛の 、米国石油事業視察(明12報告書『山油編』刊行)
    2. 村上正局が静岡県海老江(えびえ)で原油の露頭を発見: 。
    3.27. 鉱山心得発布。『鉱物ハ皆政府ノ所有物ニシテ地主ノ私有ニ非ス』
    6. 石崎政五郎が軽油、鉱油の製造を目的に石崎製油所を設立。
    7. 新潟市に石油ランプの街頭設置
    9.13 新橋・横浜間鉄道開業式(日本発の鉄道:のちの鉄道記念日は10月14日)
    9.29 、横浜にガス灯点灯(日本初の事業化)
    11. 御雇外国人ライマン(37歳)来日。契約先は、開拓史⇒内務省⇒工部省。滞在中、日本全国の石油地質の調査測量を担当。14年春帰国。
アメリカのマサチューセッツ州ノーサンプトン出身。ハーバード大学卒業後、フランスとドイツで鉱山学を修め、アメリカのペンシルバニアで地質調査を、インドで油田調査を実施した後、来日。
1873 明6 4. 新潟県の平野安之丞の招きで、長崎の医師シンクルトン(英) の石油湧出地調査
    7.20 日本坑法発布(9月1日施行)。
鉱山心得の概念を明確にし、試掘、借区開坑などの手続きを具体的に規定。
    石坂周三、米国式掘井機を3台輸入(長野県善光寺、新潟県尼瀬で試掘)※
    この年、初めて石油の国内生産量が記録。555KL。
1874 明7 8. 、新潟県金津で手掘井開坑(9.20出油)。
    9. 内務省の 、長野・新潟・山形地方巡歴の際、石油地を調査(明8.2「信越羽巡歴報告」を提出)
    12. 石坂周造、米国石油事業視察
    日本、この年より原油産額の公式記録始まる(この年、555kl/年)。
1875 明8 ロシアと千島・樺太交換条約
    塩小路光孚ら、東京に礦油舎を設立。
1876 明9 日朝修好条規調印
    B・S・ライマン(米)、北海道から九州の主要地域を石油地質調査(明15.6調査図完成)
    横浜にサミュエル商会を設立
1877 明10 南西戦争起こる
    6. 春日永太郎ら、新潟県尼瀬で石油削井組合を設立
    7. 滝沢安之助、愛国石油削井を設立し、新潟県萩平で機械掘開始(明11.10 新潟地方で機械掘による初の出油)
1878 明11 3.25 日本初の電灯(アーク灯)、電信中央局 開局祝賀会で点灯(のち
1879 明12 6 、第1回新潟県会議員選挙で当選(後の日本石油創立発起人総代)
    11.11 愛国石油削井、新潟県萩平に日本初の原油パイプライン敷設
    加藤直重、新潟県尼瀬で掘削出油(明13 油井の水止法を考案、魁井舎を設立)
1880 明13 ロシア人、北樺太で油田(のちのオハ油田)を発見
1881 明14 田代虎次郎、東京に泰平社を設立、火止石油を生産(明17 灯台油を生産)
1882 明15    
1883 明16    
1884 明17    
1885 明18 1. 新潟にて 高助商店 創立。
    11. 、新潟県会議員選挙で初当選(後の日本石油初代社長)
    内藤久寛、ニューヨーク領事館の鬼頭悌二郎から米国石油事業の情報入手
    山口権三郎ら、新潟県に殖産協会を設立
1886 明19 6. ら、新潟県塩谷での操業を禁止される(明24.12 中野は提訴し勝訴。塩谷坑業禁止事件)
1887 明20    
1888 明21 1. 内藤久寛、尼瀬の海面を測量
    2.28. 山口権三郎ら、殖産協会(新潟県長岡)で石油・鉄道の起業につき懇談、石油会社の経営を内藤久寛に委託
    2. 石油会社創立事務所を新潟県石地村に設置
    5.10. 「有限責任日本石油会社」設立(第1回株主総会を寺泊町聖徳寺で開催、本社は石地村の創立事務所、公称資本金10万円、常務理事内藤久寛)
    5. 殖栗順平、石動油坑を設立、新潟県東山で試掘
    6.19 ジャーデン・マエッソン商会、ロシア灯油を横浜へ初輸入
    7. 日本石油、尼瀬油田に魁泉、天竜泉、鳳来泉の3井掘削開始(世界初の海底油田掘削、8月 出井)
    9.28 日本石油、新潟県尼瀬町に移転
    9. 日本石油、原油を販売開始
    11.1 新潟県尼瀬町有志、尼瀬石油を設立(明25.4 越後石油に買収)
    山田又七、山本油坑舎を設立、新潟県東山油田浦瀬で試掘
1889 明22 2.1 大日本帝国憲法発布(明23.11.29施行)
    10.5 新潟県、石油坑業取締規則発布
    は後に小倉石油となる小倉油店を開業。
1890 明23 5. 松田周平、長岡石油を新潟県に設立、東山油田で試掘。
    6. 小阪松五郎ら、北越石油を新潟県長岡に設立、東山油田で試掘。
    12. 日本石油、尼瀬製油所建設(蒸留釜13石、8石 各1基)。
1891 明24 4. 機会掘り油井成功(日石尼瀬油田)
    4. 石油取締規則施行
    、サミュエル商会とロシア灯油の販売契約締結
    大隈重信の発起で東京石油設立(明25.2 尼瀬機械掘1号井出油、明32 日宝石油に譲渡)。
1892 明25 6.1 鉱業条例施行(日本坑法廃止)
    6. 山田又七ら、石油会社を設立(新潟県古志郡比礼で試掘、宝田石油の前身)
1893 明26 2.10 山田又七、「宝田石油株式会社」設立(新潟県長岡: )。翌年から米国製掘削機を用いて機械掘り採油を開始.。後に他社を次々と買収して日本石油会社と並ぶ本邦二大石油会社のひとつとなる。
    5.12 ヴァキュームが神戸に支店を開設。
    10. 浅野総一郎、横浜に油槽所完成
    小倉石油店、灯油販売と越後油の取引開始
1894 明27 3.1 ニューヨーク・スタンダード(ソコニー)、横浜に支店を開設。
    5. 越後製油会社技師の田代孝、重油燃焼器具を考案
    7. 蔵王石油設立
    8.1 日清戦争勃発
    11. 上野昌治ら、新潟県新津油田で上総堀井出油(上総堀初の出油井)。
1895 明28    
1896 明29 2. 北越鉄道設立(取締役山口権三郎ほか、監査役渋沢栄一ほか、内藤久寛も企画に参加)。
1897 明30 10.1 金本位制実施
1898 明31 6.16 宝田、全越石油の製油所を買収し、製油事業に着手(のちの長岡製油所)。
    浅野石油部、日本発の鉄製タンク車で石油輸送。
1899 明32 1.1 関税定率法施行(関税自主権を原則的に確立)、石油関税賦課。
    2. 奥田静治が軽油、鉱油の製造を目的に奥田製油所を創立。
    6.25 日本石油、近代的製油所を柏崎に建設。(第二製油所、新潟県  400石/日)
    8. 日本石油、本社を柏崎に移転。
1900 明33 2. 小倉常吉、柏崎に支店・油槽所を設置(4月 製油所建設開始)。
    4.11 日本のサミュエル商会は、石油部門を分離独立することとし、横浜に「ライジングサン石油株式会社」を設立(資本金25万円 本店・横浜市山下町)。
    11.15 スタンダード、「太平石油合名会社」を解散し、新潟・北海道の石油開発のため「インタナショナル石油会社」を設立。
新潟県直江津(現上越市)に製油所建設。
1901 明34 5. 大隈重信、新潟の石油事業につき小会社の合同を強調
    10. 宝田第1次合同(~明36.10 浅野製油所等30石油会社・組合を買収)
    11. インタナショナル石油、直江津製油所完成。
1902 明35 1.30 日英同盟締結
    3. インターナショナル石油、蔵王石油を買収。
    5.25 県内有志を中心に秋田石油調査会設立。
    12.27 小倉石油店、日本石油精製の釜屋堀工場を買収(のちの東京製油所)。
1903 明36 2.28 宝田山田社長ら、欧・米・露の石油事業視察(明37.5 『欧米石油事業視察概要』刊行)。
    11. 宝田石油、浅野削井部・大倉組等と台湾石油組合を組織(台湾で邦人初の試掘)。
1904 明37 2.10 ロシアに宣戦布告(日露戦争勃発)
    4.1 石油消費税創設。
    8.22 第1次日韓協約(財政・外交顧問を置き韓国の実権掌握)
    10.1 非常特別税施行(石油関税増徴)。
    10. 宝田第2次合同(~明38.3 宝扇石油商会・浅野削井部等19石油会社・組合を買収)。
1905 明38 7.1 鉱業法施行(鉱業条例廃止)。
    9.5 ポーツマス条約調印(韓国保護権、南樺太・遼東租借権、東支鉄道支線を獲得)
    9. ・浅野総一郎ら、南北石油を設立(明40.9 保土ヶ谷製油所完成)。
    11.17 第2次日韓協約(乙巳保護条約、韓国の外交権を掌握)
    12. 久原房之助,赤沢銅山(後の日立鉱山,茨城県)を買収,操業開始。
1906 明39 5. 高野毅、日本天然瓦斯を設立。新潟県大口村でガス井成功(長岡町で都市ガスに利用)。
    8. 浅野総一郎ら、東西石油を設立(9月 南北石油に合併)。
    10. 宝田第3次合同(~明40.3 村井石油部等36石油会社・組合を買収)。
    10. 海軍、艦艇燃料に重油を採用し炭油混焼方針を決定。
    、中央石油設立(1920年日石に買収)。
1907 明40 4.15 中外アスファルト設立(大2.10.28 中外石油アスファルトに改称)。
    4. 宝田第4次合同(~明41.9 新南北石油等石油・銅の27会社・組合を買収・合併)。
    4. 国産ガソリン自動車第1号製作(
    5.1 松村善蔵、神戸市兵庫に丸善砿油部創設、スタンダード石油および秋田新潟国産石油販売開始。
    10. 南北石油(株)保土ヶ谷製油所(神奈川県・保土ヶ谷、原油処理能力3,000バレル/日)がカリフォルニア原油を初輸入。
1908 明41 1. 軍艦八重山に重油汽缶を装備。
    3.16 石油消費税法公布施行(大12 廃止)。
    9. 青木繁吉が高知県土佐市で石油販売開始。
    タンカー・相洋丸( 、4,713総t)・武洋丸(同、5,152総t)、英で完成(日本船主所有初外航タンカー)。※東洋汽船は、のちの の前身の一つ。
1909 明42 1. 、中野(資)設立(大7.6 中野興業に改称:1942年帝国石油に合弁)。
    4.1 関税定率法改正施行(原油関税を独立)。
    7. ライジングサン、福岡県西戸崎に輸入原油(主にボルネオ原油)処理を目的とする製油所を完成(大4 閉鎖)。
1910 明43 1.29 スタンダード、ライジングサン、日本石油、宝田石油により灯油の国内シェアを固定化する「4社協定」成立(9.10 破綻)。
    6. 日本石油、新潟鉄工所を分離、新たに株式会社新潟鉄工所を設立。
    10.1 宝田、国油共同販売所を吸収。
    10.11 国産初の外航タンカー・ (東洋汽船、9,287総t)完成。
1911 明44 3. 越後鉄道設立(内藤久寛ほか取締役に就任)。
    6.20 門司にて出光商会創業。
    9. スタンダード、ライジングサン、日本石油、宝田石油4社、販売協定復活
1912 45・元 9. 久原房之助、久原鉱業株式会社設立。
    出光:満州市場に進出
    丸善砿油部、丸善砿油合名会社設立。
1913 大2 4.11 小倉石油店、新潟鎌田油田新1号井、国産ロ式掘削機により成功。
    5.6 宝田、新潟県西山油田入和田ロ式7号井噴油(6.24 同県新津油田小口ロ式2号井噴油)。
    出光、発動機漁船への燃料油販売開始。
1914 大3 1. スタンダード、ライジングサン、日本石油、宝田石油4社の販売協定破綻(4.25 協定復活)。
    7.28 第一次世界大戦勃発(8.23 日本参戦)
    8. 日本石油、本社を東京丸の内に移転。
    12.22 宝田、台湾造橋1号井ガス噴出。
    出光、南満州鉄道に機会油を納入
    ライジングサン石油、日本軍への最大の重油供給者となる
    久原鉱業、油田調査開始。
1915 大4 5. 山田又七、宝田石油社長を辞任。
    10.5 日本石油、初めて連続蒸留装置を採用(秋田製油所)。
    海軍初の重油専焼の駆逐艦浦風を英から輸入。
1916 大5 1.16 橋本圭三郎、宝田社長に就任。
    出光、大連に出店。
    青木繁吉、、土佐市から愛媛県八幡浜市に移転し、青木石油店としてライジングサンの代理店を開設。
1917 大6 6.5 小倉石油店、秋田県大久保製油所稼動(大12.4.30 廃止)。
    9. 農商務省、全国油田調査5ヵ年計画開始。
    海軍煉炭製造所、石炭低温乾留の実験開始。
    ※日本は世界第8位の石油産出国
1918 大7 5.21 、スタヘエフ商会と北樺太の日露合弁石油事業に関し協約。
    5. 海軍、「軍事上の必要に基づく石油政策」起案=本邦初の具体的な石油政策の提言。
① 石油産業の国営化
② 国内石油会社の合同一体化
    5. 宝田、中外石油アスファルトを買収(大9.5.1 同社を合併)。
    11.11 第一次世界大戦終結
    海軍、ライジングサンからボルネオ重油(主にタラカン重油)購入を契約。
1919 大8 2. 日本石油、東京・鎌倉河岸にガソリンスタンド(ビジブル式)建設。
    4. 設置。
    5.1 久原鉱業・三菱鉱業・大倉鉱業・日石・宝田の5社、北辰会(組合)を設立し、久原・スタヘエフ協約を継承。
    7. 宝田、新潟市の製油所を移設・拡張し沼垂製油所稼動。
    8.17 高津商会設立(大9.6.15  に改称)。
    、日本初のガソリン計量機製作。
    出光、大阪・中国の山東省に出店。
出光、満鉄向け「2号冬候車軸油」を開発。
    青木石油店、ライジングサン九州西戸崎製油所から原料供給を受け、灯油精製を開始。
1920 大9 1.10 国際連盟発足
    5.29 宝田、北海道 の光珠炭坑を買収。
    8.25 農商務省、「燃料研究所」を設置し、石炭低温乾留タールの製造研究に着手。
    11.26 重油輸入の免税特例制定。
    出光、朝鮮に販路を開拓。
1921 大10 2. 旭石油設立(社長瀬島猪之丞)。西戸崎製油所を賃貸して輸入原油の精製事業を開始。
    4.1 海軍燃料廠令施行(徳山の海軍煉炭製造所を改称拡大)。
    6.24 農商務・大蔵・外務・陸軍・海軍各省・国勢院、石油政策に関する調査会開催。
    6. 警視庁、東京市の石油取締規則制定(石油貯蔵の許可制)。
    9. 農商務省、燃料政策の根本方針発表。
    10.1 日石、および宝田の両社合併し、新たに「日本石油(株)」として発足。
    北辰会、北樺太オハ油田上総堀1号井成功。
1922 大11 1.21 小倉、横浜に原油貯油所完成。
    5. 旭石油、群小石油会社を吸収し、新たに「旭石油会社」を設立。
    6.24 燃料協会設立(燃料懇話会解散)。
    7. 日本石油、社屋「有楽館」完成、本社移転。
    7. 日本漁網船具(株)としてヴァキュームオイル社と潤滑油販売の契約を締結
    12.30 ソビエト社会主義共和国連邦成立
    出光、台湾に販路を開拓
1923 大12 2.8 三井物産、ゼネラル(米)と石油の一手販売を契約。
    4.1 石油消費税廃止。
    5. 北辰会、北樺太オハ油田の試掘に成功、またこの年、南樺太の北斗油田での試掘に成功。
    9.1 関東大震災発生
    12. 三菱商事、アソシエーテッド(米)と原油・重油の一手販売を契約。
    出光:計量器付配給船考案、建造
    銚子鉄道、日本初のガソリンカー採用。
1924 大13 2.6 日石の5特約店と三井物産、「日本重油株式会社」設立(現在の東亜石油)。
    6.16 日本石油、鶴見製油所(神奈川県安善町)を建設。
    7. ライジングサン、英からタンクローリーを初輸入。
    海軍、北樺太オハ原油を初搬入。
1925 大14 1. 日本、日ソ基本条約により北樺太油田の権利を獲得、翌年6月7日に「北樺太石油会社」を設立
    2. 日本フォード自動車設立( )
    4.1 農林省・商工省設置、農商務省廃止
    4.10 小倉石油店、小倉石油(株)に改組。
    7. 海軍省、国防用石油燃料対策樹立のために「石油調査会」を設置
    12.14 北サガレン石油企業組合結成し、ソ連と北樺太石油開発利権契約調印。
1926 昭元 6.7 「北樺太石油会社」設立(北サガレン石油企業組合の利権と北辰会の資産を継承)。
    7.18 北樺太石油、オハ原油を徳山海軍燃料廠へ初出荷。
    7. 小倉・岸本汽船2社、共同出資で日本タンカーを設立、タンカー・光洋丸(のちの第三小倉丸)を輸入。
    7. 商工省内に燃料調査委員会を設置。
    8. 小倉東京製油所、ジェンキンス式分解蒸留装置完成。
    南満州鉄道、撫順で油母頁岩乾留技術完成(重油は海軍へ売却)。
1927 昭2 1.17 日本ゼネラルモータース設立( )
    3. 小倉東京製油所、日本初のシュルツ式減圧蒸留装置完成。
    3. 日本、金融恐慌始まる。
1928 昭3 3.15 国産振興委員会の決議で揮発油・鉱油・原油に国産奨励のための会計法特例法を適用。
    8.6 燃料調査委員会、「我国燃料の将来に対する根本方針」を商工大臣に答申。
    8.21 三菱商事・浅野物産・旭・小倉・日本タンカー5社、日本タンカー協会を設立。
    12. 久原鉱業、日本産業株式会社と改称。
    丸善砿油、大阪製油所を建設し、ヘックマン式真空蒸留装置を建設。
    外国会社の販売競争で市況大暴落。
1929 昭4 2.10 、南満州鉄道の子会社として資本金200万円で設立。
    4.24 日本産業株式会社の鉱山・製錬部門を分離独立,日本鉱業株式会社設立。
    6.10 小倉のタンカー・(第一)小倉丸(12,188DWT)完成。
    6.15 日石・小倉等6社、ガソリン値上げ協定(7年にかけ石油業界・自動車業界に1~3次ガソリン争議発生)。
    6. 日本初の油田地震探鉱、秋田県黒川で実施。
    10.24 米ニューヨーク株式市場大暴落、世界恐慌始まる。
    11. 小倉石油(株)、横浜に製油所(潤滑油装置)建設。
    浅野物産、米から4エチル鉛を初輸入し海軍燃料廠に提供。
    日本漁網船具、「キグナス」のブランド名を制定。
    日本海軍、全艦艇を重油専焼に改装。
1930 昭5 5. シェル、ニューヨーク・スタンダード両社、東洋に関し価格協定締結。
    6. 商工審議会、「石炭石油及び其の代用燃料に関する具体的国策」を商工大臣に答申。
    9.27 国産愛用協会設立(会長橋本圭三郎)
    9. 日本精鑞、徳山工場操業開始。
    12. 小倉のタンカー・第二小倉丸(11,436DWT)完成。
    (資料)
1931 昭6 2.11 三菱石油、三菱三社(本社、鉱業、商事)と米国アソシエーテッド石油会社との折半により、資本金500万円で設立。(石油業界初の外資提携)
    4. 小倉石油(株)、横浜に製油所(燃料油装置)建設。
    7.30 ニューヨーク・スタンダード、バキューム・オイル、合併しソコニー・バキュームを設立。
    8.11 重要産業統制法施行
    9.18 満州事変勃発
    12. 三菱石油、川崎製油所が操業開始。
    出光:中京地区に進出。
1932 昭7 3.1 満州国建国宣言
    5.15 五・一五事件発生
    8.25 商工省、販売価格、販売数量を規制するカルテル斡旋。10月に6社協定成立(日石、小倉、三井物産、三菱商事、スタンダード、ライジングサン)。
    9.24 (川崎造船所の初代社長)、ソ連とガソリン輸入契約調印。
    11.4 揮発油製造業および販売業に対し「重要産業統制法」を適用
    丸善砿油、和歌山県下津に油槽所、引続いて製油所建設。
1933 昭8 6.7 東洋商工(株)(のちの興亜石油)設立。
    6. 商工省を軸とする「液体燃料問題に関する関係各省協議会」が、「石油国策実施要綱」を作成
① 石油の民間保有(製油業者、輸入業者に輸入量の半年分を保有させる)
② 石油業の振興(石油の輸入業、製油業の許可制等)
③ 石油資源の確保開発(試掘奨励制)
④ 代用燃料工業の振興(アルコール製造等)
    7.19 第1回世界石油会議開催(ロンドン)。
    7. 海軍航空技術廠、日本初のオクタン価測定用CFR試験機を設置。
    8.6 松方日ソの輸入ソ連ガソリン、鶴見に入着。
    8.14 日石・小倉・三井物産・三菱商事・ソコニー・バキューム・ライジングサン6社、ガソリン販売協定調印。
    9.7 ソコニー・ヴァキュームとニュージャージー・スタンダードと折半出資でスタンダード・ヴァキューム(スタンバック)設立。同日本支社に。
    9. 日本産業、秋田県雄物川油田で原油生産開始(同油田は昭和17年に、政府命令により帝国石油株式会社へ譲渡)。
    11.8 丸善礦油大阪製油所、分離し丸善石油(株)設立。
1934 昭9 2.2 日本石油、道路部門を分離、浅野物産道路部と合同し新たに日本鋪道株式会社を設立。
    2.24 満州石油設立(満州国法人、理事長橋本圭三郎、昭10.1大連製油所稼動)
    3.28 「石油業法」を公布(7月1日実施)、6ヵ月分貯油制、精製・輸入業許可制、販売割当制などを規定。
    4. 愛国石油設立、川崎工場完成。
    6.21 日石・小倉・三井・三菱・スタンダード・ライジングサン・松方日ソ7社、販売協定成立(22日調印)。
    7.17 鉱油精製業連合会の設立(初の自治的統制機関、国内20業者)。
    8. 商工省、ガソリンの各社別販売割当量発表。
    9.21 国産揮発油連合会の設立(日石、小倉、三石、早山、愛国)(昭10.12解散)。
1935 昭10 1. 石油製品に関する日本標準規格173号公布施行(初の石油製品標準規格)。
    3.13 日石・三井物産・三菱商事・旭・ライジングサン5社、重油価格協定成立。
    3.20 日本鉱業、秋田県雄物川川上総掘4号井噴油(八橋油田の発端)。
    4.10 満州国石油類専売法施行。
    6.25 朝鮮石油創立(本社京城、社長橋本圭三郎、昭11.8.1元山工場火入式)。
    10.12 アスファルト連合会の設立(日石等国内9社)(昭17解散)。
    10.15 日ソ石油設立(松方幸次郎の権利義務を継承、日石出資、昭13.10.1共栄石油に改称、昭17.3解散)。
    11. 出光:昭和タンカー設立。
1936 昭11 2.20 三井物産、I・G・ファルベン(独)から石油合成技術導入。
    2.26 二・二六事件発生
    3.27 石油連合(株)の設立(日石、小倉、三石、早山、愛国、日ソ、三商、国産揮発油連合会の業務継承、会長橋本圭三郎)。
    6.1 協和鉱業設立(三井・三菱・住友3社出資、昭12 ボルネオ・オイルの事業継承)。
    7.13 石油保有補助金交付規則公布(4月以降適用)。
    7. 液体燃料協議会、「燃料政策実施要綱」を決定。
    7. 灯油連合会の設立(日石、小倉、三石、早山、愛国)。
    10.10 北樺太石油会社の利権、さらに5年間延長
    出光、華北、華南に販路を開拓
1937 昭12 1.1 パラ・ステ連合会設立(昭16.3解散)
    4.1 石油連合加盟8社、自動車ガソリンの規格・商標を統一。
    4.1 揮発油税法施行。
    6.10 商工省外局として燃料局設置。
    7.7 日中戦争勃発
    8.11 石油関税改正実施、重油免税制撤廃。
    11.10 協同企業設立(日石等18社出資、会長橋本圭三郎)。
    11. 第1次石油消費規制実施。
    人造石油製造事業振興計画(第1次)策定。
1938 昭13 1.1 灯油連合会加盟各社、灯油の規格・商標を統一。
    1.19 帝国燃料興業設立(政府半額・日石5%出資)。
    1.25 人造石油製造事業法施行。
    2. 重油連合会(日石等12社)(昭17 解散)。
    3.7 揮発油及び重油販売取締規則公布施行。
    4.25 揮発油及アルコール混用法施行(7.1 自動車ガソリンにアルコール混入開始)。
    5.1 第2次石油消費規制(初の石油配給切符制)実施。
    5.5 国家総動員法施行
    5.15 東京大学航空研究所の長距離試験機、世界記録樹立(日石柏崎製油所、航空ガソリンを納入)。
    6. 日石等14社、石油輸入統制委員会設置(10月 解散)
    7. 物動計画により原油割当制実施
    8.1 石油資源開発法の制定。
    10. 燃料局の諮問機関として石油輸入専門委員会設置(昭15.3 解散)
    10. 青木石油、工場を八幡浜市から愛媛県越智郡菊間町へ移転(現: )。
    石油業法の施行令が改正。年間25,000klの原油処理能力を製油業者が持つ事が義務化。当時、新潟県下の製油業者は、製油所単位で、月間700~800kl。
    出光、日章丸(一世)就航
1939 昭14 5. 臨時仮称陸軍燃料廠設置(昭15.7.31正式発足)。
    6. 灯・軽油の自動車燃料への転用禁止。
    6. 帝国燃料興業、三井物産から石油合成技術フィッシャー法の特許肩代わり。
    7.5 軍需用航空揮発油・潤滑油を製造する国策会社として、東亜燃料工業設立(資本金5,000万円)。(日石32%・小倉22%・愛国8%出資、会長橋本圭三郎)。
    9.1 第二次世界大戦勃発
    9.2 日本石油、石油共販会社に販売業務を委譲。
    9.4 新潟県の中小製油業者8社が合併し、大協石油が設立(東京市麹町区丸の内2-2-1、丸ビル363号室、資本金125万円)。
※8社:山岸石油、斎藤製油所、浅田製油所、原製油所、石崎製油所、奥田製油所、太谷製油所、鈴木製油所。
社長:斎藤英二、専務:山岸清剛、常務:鈴木吉之助
取締役:石崎清助・奥田静治・浅田政栄・原正吉・大谷辰次
監査役:山岸石油の武田安弘、斎藤製油所の前田周治
    9.23 石油配給統制規則公布施行。
    9. 3府43県別、石油販売(株)設立(~昭15.1)。
    9. 四日市海軍燃料廠建設着工(昭16.6常圧蒸留装置完成)。
    10.2 尼崎人造石油創立(日石出資、社長橋本圭三郎、昭18.11 尼崎工場稼動)。
    10. 協同企業、陸軍に原油71万kl譲渡(昭15.3解散)。
    10. 全国石油販売業者連合会設立。初めての石油販売業者の全国団体になる。(現在の、全国石油業協同組合連合会・全国石油業商業組合連合会の前身)。
    12.20 米、ソ・日本等に航空揮発油製造装置・特許の道義的輸出禁止(モラル・エンバーゴ)。
    出光、中華出光興産・満州出光興産設立。
    日本鉱業、船川製油所(秋田県)買収。
    産業組合(後の全農)が農林水産用石油の取扱開始。
1940 昭15 2.8 鉱油精製業連合会、石油精製業連合会に改組。
    3. 新愛国石油設立(11.4 愛国石油に合併)。
    3. 出光商会、出光興産に改組。
    4.1 原油・製品に公定価格制実施。
    5.29 三井鉱山、三池に日本初の合成法人造石油工場操業。
    5. オランダに蘭印の物資(石油など)買付要求覚書提示(11.12石油購入契約調印)。
    6. 石油小売業者の共同配給組合設立を指導。
    7.16 東亜石油協会設立(日石等16社出資、昭17.5.28共同企業に吸収)。
    7.24 帝国石油資源開発設立(日石出資、会長橋本圭三郎)。
    8.1 米、特定石油製品等輸出許可制実施(9.13航空揮発油製造装置等、12.21航空潤滑油製造装置等にも適用)。
    9.16 全国石油販売業者連合会、社団法人全国石油販売協会創立に改組。
    10.1 タクシー、ハイヤー等への揮発油購買券交付停止。
    10. 採油・精製・輸入・配給業者、石油懇話会を設立。
    出光、上海油槽所建設(米国から製品輸入、5万トン)。
1941 昭16 2.27 青木石油、ミカド製油、松岡石油の三社の精製部門を統合して太陽石油を発足(資本金100万円)。
    3. 岩国に陸軍燃料廠第1製造所発足(昭17.4操業開始)。
    4.1 共同企業設立(石油各社出資)。
    5. 東洋商工石油、興亜石油に改称。
    5. 東燃、和歌山工場操業開始。
    6.1 日本石油と小倉石油が合併して、新「日本石油」となる。
    6.21 米、石油全般の輸出許可制実施(第1次石油禁輸)。
    7.15 帝国石油資源開発、協和鉱業を合併。
    7.28 蘭印、日蘭石油民間協定停止。
    8.1 米、石油の輸出規制を再編し強化(第2次石油禁輸、対日輸出全面禁止)。
    8.12 大協石油が江戸川石油を吸収合併。
    9.1 新潟・秋田県下十余の小石油工場に製造禁止通達。
    9.1 各社の石油鉱業部門を一元化するため、帝国石油株式会社法の制定。帝国石油(株)の設立(政府半額・日石10.5%、帝国石油資源開発を吸収)。
    9.1 第3次石油消費規制実施(ガソリンの民間消費禁止)。
    10.1 石油販売取締規則施行(灯油・軽油も切符制実施)。
    10.15 商工省、石油下部配給機構整備要綱を決定。
    10. 石油関係徴用者、東部第85部隊(千葉県)に集結。
    12.8 日本政府、米英に対して宣戦布告。太平洋戦争勃発。
    12.16 陸軍、ボルネオのセリア油田ルトン製油所を占領。
    12. 各府県石油販売(株)、小売商と合体し各府県石油配給(株)に改組(~昭17.2石油販売業第1次企業整備)。
    12. スタンバック、ライジングサン両社の日本支社閉鎖。
1942 昭17 1.16 商工省、原油・製品の公定価格改定(国産原油の建値消滅)、原油の買取り・配給を共同企業に一元化。
    2.14 日本軍落下傘部隊スマトラのパレンバンに降下(15日製油所占領)。
    4.1 政府の勧奨に従い、日石・日本鉱業・中野鉱業・旭の石油鉱業部門を帝国石油株式会社に譲渡。
    4.13 日本重油(株)と日米砿油(株)の一部が合併し社名を「東亜石油株式会社」と改称。
    4.18 米機、日本本土初空襲。
    6.1 日本石油、愛国石油株式会社を合併。
    6.1 石油共販、石油配給統制(株)に改組。
    7.1 燃料局、共同企業を船舶運営会の油槽船の実務機関に指定。
    7.1 南方原油につき各社間の共同製油計算制実施。
    7.1 東亜石油工学院、神奈川県保土ヶ谷に設置(9.1開校)
    8.1 早山石油株式会社、旭石油株式会社、新津石油株式会社の3社が合併して昭和石油設立(資本金4,100万円 本店・東京市麹町区丸ノ内)。
    8. 石油配給統制に対応し、全国石油販売協会を社団法人全国石油配給協会に改組。
    8. 石油精製業者、8社に統合。
    11.6 石油精製8社、石油精製業協議会を設立(理事長・水田政吉、石油精製業連合会の業務継承)
    出光、東南アジアに民需用石油配給要員を派遣
    ライジングサン石油、敵産管理人の管理下に置かれる。
    資料  
1943 昭18 2.10 帝石、太平洋石油・大日本石油鉱業を合併。
    5. 大同石油、5小鉱業を合併・買収。
    6.1 商工省、中小鉱業石油増産奨励金交付規則公布施行。
    7.1 石油専売法施行(揮発油及アルコール混用油・揮発油税法廃止)。
    7.1 石油売捌規則施行(石油配給統制(株)は甲種売捌人に、各府県石油配給(株)は乙種売捌人に指定)。
    7.16 南方還送原油は、燃料局通達により、8月以降関西以西で陸揚げ。
    7. 大協石油、 操業開始。
    7. 東燃、清水工場操業開始。
    出光、出光興産本社を東銀座に移転。
1944 昭19 1.17 軍需会社法により石油5社、人造石油6社を含め、各産業150社を軍需会社に指定(第1次)。
    2.1 原油取締規則施行(共同企業は国産原油の一括取扱機関となる)。
    2. 航空燃料・高級潤滑油の緊急確保を閣議決定。
    3.30 日ソ議定書締結(北樺太の石油・石炭利権をソ連に委譲)。
    4.1 石油配給統制(株)、各府県石油配給(株)を合併し石油配給所を設置(石油販売業第2次企業整備)。
    4.27 石油会社など422社、軍需会社に指定(第2次)。
    4. 石油配給統制規則改正(配給計画は軍需大臣・地方長官が策定)。
    6.13 共同企業、タンカー部門を分離し日本油槽船を設立。
    7.21 帝石、北樺太石油を合併。
    9. 帝石の開発隊、スマトラのミナスで試掘成功。
    10.1 低温乾留法の人造石油3社、帝国燃料興業に合併、フィッシャー法の3社、合併し日本人造石油を設立。
    10.20 最高戦争指導会議、松根油等緊急増産対策措置要綱を策定(松根油増産運動全国的に展開⇒ )。
    11.24 米機、東京初空襲。
    12. 大航海軍燃料廠に松根油生産本部設置。
    東燃、清水工場建設。
1945 昭20 3.9 米機、東京大空襲。
    3.10 東燃清水工場被爆(~7月 大協東京・四日市、興亜麻里布、丸善大阪・下津、東燃和歌山、三石川崎、昭石川崎各製油所被爆)。
    3.16 松根油等拡充増産対策措置要綱を閣議決定。
    3.24 ・ 、最後の南方還送原油を積み徳山に入港。
    3. 石油懇話会解散、石油協議会設立。
    4.1 、台湾海峡で雷撃沈没、石油要員500余名戦没。
    5.7 ドイツ、無条件降伏。
    5.10 陸軍岩国・海軍四日市両燃料廠被爆(~7月 海軍徳山・台湾両燃料廠被爆)。
    5. 興亜石油株式会社麻里布製油所完成(翌日被災、1950年8月操業再開)
    7.15 精製8社と共同企業、石油統制会を設立(会長 水田政吉、昭21.9.28解散)。
    8.6 米、広島に原子爆弾投下
    8.9 米、長崎に原子爆弾投下
    8.15 日本、無条件降伏(第二次世界大戦集結)

 

~終戦1945年から第一次オイルショック前夜1972年まで~

 

西暦 和暦 月日  
1945 昭20 8.15 日本、無条件降伏、第二次世界大戦終結
      終戦直後の原油在庫99,000kl、石油製品在庫788,000kl。
    10. 戦時立法の、石油販売取締規則、石油購入券制度の廃止。
    10. GHQ 「石油精製所に関する覚書」
(内容)
「石油精製は、原油産出地域における工場および原油産出地域以外に現在貯蔵されるすべての利用しうる原油の処理に必要な工場に限定する。原油産出地域以外の工場は、その手持ちの原油を使い切るまで操業することができる」⇒日本海岸製油所の整備と操業維持を認める。
GHQ「日本の石油製品に関する覚書」
(内容)
石油製品の民需振向けの措置。「日本の石油製品の在庫は、内務省を通じて必要産業および消費者に正当なる機関によって配給されるべきである。」
    11. GHQ石油顧問団設置(Petroleum Advisory Group:PAG)(昭26年4月解散)
※構成メンバー(スタンバック、シェル、カルテックス、タイドウォーター、後にユニオンが加わる)
    11. GHQ、食料とともに石油製品を米国から緊急輸入して放出。
    12. 「石油配給統制要綱」実施。石油配給統制株式会社が暫定的に配給業務を担当。
    12. 石油業法(旧)、石油専売法、人造石油製造事業法、軍需会社法、輸出入品等臨時措置法の廃止。
    12. 日本精鑞、終戦により在外資産のためGHQの管理下に置かれ旧会社閉鎖。
    12. GHQ、占領軍用灯油を放出。
    12. 石油精製8社により石油精製業聯合会を結成。
※8社(日本鉱業、日本石油、東亜燃料工業、大協石油、丸善石油、興亜石油、三菱石油、昭和石油)
    12. 出光佐三、貴族院にて「戦後の日本経済の進むべき方向」と題して演説。
「戦時中官治統制により経営は運営に変わり、非効率化した。産業界において今までどうりの運営が行われれば、自由経済のもと国際競争場裡に進出する資格を完全に失って、日本の産業は滅びる。その根本は白紙に還す方針のもとに、従来の官治統制を改めよ」
1946 昭21 1. GHQ 原油輸入禁止
    4.15 「石油配給公団法」を公布
    4. 国産原油産出量:23,000kl
    5. GHQ「石油の受領および配給に関する覚書」
    8. 経済安定本部と物価庁が設立。
    9. 太平洋岸製油所、11月から操業禁止(GHQ「太平洋岸の石油精製所に関する覚書」により)
(内容)
「原油生産地域外にある一切の石油精製工場は、太平洋岸に貯蔵されている原油および半加工品の精油を完了して、遅くとも21年11月までにその操業を停止すること」
    9. 石油配給統制株式会社、石油配給株式会社と改称。
    10. 臨時物資需給調整法の施行
    10. GHQ「石油製品の配給に関する覚書」
1. 石油製品の配給に関する一切の法律、命令および規制の廃止(使用に関するものは引き続き効力を有することを認める)
2. 石油配給(株)の解散
3. 全額政府出資による単一の配給機関設立
4. 商工省、経済安定本部による石油製品消費者割当計画の設定
    11. ポーレー報告書発表(日本にとって報復的な内容)
1947 昭22 2. 戦時立法の「石油配給統制規則」、「原油取締規則」の廃止。
    5. 「石油配給株式会社」を解散し、6月「石油配給公団」を設立(昭24年3月解散)。
    7.26 ゼネラル物産、石油製品の販売、輸出入を目的として設立。
    8. ストライク調査団来日、翌年3月報告書発表。
    10. 全国石油販売業者会を再建。
    11. 「石油製品配給規則」の公布
⇒石油配給公団の性格
1. 公共団体であって、営利を目的としない。その基本金は政府がこれを出資する。職員は官吏であって、企業に関係することができない。
2. 経済安定本部総務長官および商工大臣の監督を受ける。
3. 財産を所有する事はできない。必要な設備は他からこれを借用する。
⇒石油配給公団の業務内容
1. 物価庁の定める価格による石油類(輸入・国産すべて)の一手買取りおよび一手売渡し。
2. 石油類の保管、加工(加工とは混合加工のこと)。
3. 石油類の販売業者の指定(この指定は、経済安定本部総務長官の定める条件に基づき、商工大臣の許可を受けることを要し、公団がその権限によって行うものではない)。
1948 昭23 2. 石油会社8社、過度経済力集中排除法に指定。
※8社(帝国石油、日本石油、昭和石油、三菱石油、丸善石油、日本鉱業、帝国燃料興業、出光興産)
    2. 全国石油販売業者会を日本石油協会に改称。
    5. ジョンストン報告書発表
「産業復興が日本占領の第一の目的になった。復興に必要な産業施設は残置し、過剰能力設備のみが撤去されるべきである。」
    5-6. 石油会社4社、私的独占禁止の適用。
※4社(昭和石油、丸善石油、帝国燃料興業)
    8. GHQは、スタンバック、シェル、カルテックスに対し、在日連合国人への石油販売を許可。
    9. GHQ、「主要輸入基地の民営移管と公団方式による石油配給統制の早期廃止」を指令。
    10. ライジングサン石油、シェル石油に商号変更。
    10. 米国、製油所技師ヘンリー・ノーエル(ニュージャージー・スタンダード社員)来日。製油所の操業制限の緩和を検討する事が目的。
    全国農業会を解散、「全購連」を設立(後の全農)。
    この年、米国が石油輸入国に転ずる。
1949 昭24 2. 「外資提携」契約調印が始まる。
東燃、SVOC(スタンダード・ヴァキューム)と提携契約を締結。外資提携第一号となる。
    3. ノーエル報告、GHQに提出。
日本の製油所は、欧州で採用されている程度の近代的設備を有する。
国産原油処理製油所の自家燃料消費が多いとする解釈は誤りである。日本の国産原油の含水分が20%以上(米国では2%以下)と高いのが原因である。もし、日本の製油所でアラビア原油を処理すれば、燃料消費と減耗は世界の類似工場と同水準になるであろう。
太平洋岸製油所の操業再開は、日本の石油会社のうち、すでに米国の会社と提携しているものもあり、容易に決着がつこう。
日本以外の東洋の地に、日本の石油需要に応ずるだけの能力の製油所(日量4万バレル)を増設することに比べれば、日本の既存製油所を復旧する方が約7,000万ドル節約になる。
日本が石油の製品輸入を原油輸入に切り換えることによって、現在の製品消費量で約1,000万ドルの外貨節約になる。

「製油所再開がアメリカに不利益をもたらすことはないであろう。製油所業者のうち、アメリカ業者との協同提携を確保している者のある今日においてはとくにそうである。」
    3-4. 石油配給公団の廃止。⇒昭和14年の石油共販設立以来の10年間に及ぶ一元的買取販売機構の終焉。
4月から元売制度の発足。
元売=「輸入基地を運営し、かつ配給能力を有するもの」
【元売指定(10社)】
スタンバック、シェル石油、カルテックス、日本石油、日本鉱業、昭和石油、三菱石油、ゼネラル物産、日本魚網船具、出光。
※元売指定により、出光と日石間の特約店契約は解消。
    4. 揮発油税法施行
    4. ジョイント・ユース制度発足(昭26年4月廃止)。
    6. 昭和石油、シェルグループと第一次基本協定締結。
    7. GHQ 「太平洋岸製油所の操業および原油輸入に関する覚書」
原油輸入と太平洋岸製油所の操業再開が許可される。昭和25年1月から。

資源庁から石油精製各社に通達
5年後の需要を350万klとし、うち300万kl程度の原油処理計画を立て、この精製計画に不足する部分のみ製品輸入を図ること
輸入原油としては、アラビア(米国系)、イランおよびイラク(英国系)、ニューギニア(米国系)を予定すること
復旧計画の対象(太平洋岸7社13工場)のうち、25年度には7ないし8の製油所の復旧によって200万kl程度の原油処理を可能とすること(1製油所当り日量5000バレル=年間23万klを標準とする)
    7. 興亜石油、カルテックス・オイル(日本)と原油委託精製契約を締結。
    8. 興亜石油、丸善石油、大協石油が元売指定。
    8. 丸善石油、米国ユニオン石油と提携。
    9.17 創立(資本金50万円)。
    9. GHQ 「太平洋岸製油所復旧計画の許可に関する覚書」
⇒太平洋岸9製油所が3年ぶりに再開されることになる。
    9. 太陽石油、 操業再開。
    11. 日本石油協会を (全石協)に改称。
1950 昭25 1. 昭和石油、川崎製油所操業再開。
    4. 丸善、下津製油所操業再開。
    6. 勃発
    8. 興亜石油、麻里布製油所操業再開。
    8. 三菱石油、川崎製油所操業再開。
    8. GHQ覚書
「太平洋岸製油所の再開は、原油を輸入して精製するほうが、製品輸入よりも外貨節約となることを考慮して決定したものであるから、各工場はさらに復旧と原油処理に努力し、あらゆる石油製品を供給するようにしなければならない。こうすることにより、潤滑油の供給不足も近い将来解決される。それ故、限られた量の燃料油、特殊潤滑油を除き、製品の外貨割当は、原則として望ましくない」
⇒『消費地精製方式』の徹底
    11. 興亜石油、カルテックスと資本提携。
    東燃、戦災を受けた和歌山・清水両工場の操業を再開。元売指定。
1951 昭26 2.10 日本精鑞、在外資産の管理を解かれ資本金620万円をもって新会社設立。
    4. GHQ 外貨割当と価格を除く石油行政権を委譲(経済安定本部、資源庁)。
【経済安定本部の新方針】
原油輸入優先主義をとり、石油製品の輸入は国内で生産し得ないもの、または国内生産では経済的得率や精製業者の採算の点で不足するもの(例えば重油)に限定する
石油精製設備の新増設には、法的制限を加えないが、原油割当は保証しない
輸入原油の各製油所別割当および製品の割当は、資源庁が割当基準を作成して公表、それに基づいて通産省が(GHQの委任に基づき)外貨の割当を行う
経済安定本部は、油種別に需給状況を見て、均衡の見通しのついたものから順次統制を緩和ないし廃止する
    4. イラン、石油産業国有化。
    5. 軽油と重油の製品輸入開始。
    5. 富士興産、潤滑油元売業者の登録を受け、石油部門へ進出。
    5. 石油精製懇話会、『我国石油政策の在り方』(消費地精製主義を主張。石油製品の輸入自由化を否定)
    6. シェル石油、昭和石油(株)と資本提携。
    6. 出光、『消費者本位の石油政策』(石油製品の輸入自由化を主張。消費者に原油輸入または製品輸入の選択肢を与えるべき)
    10.1 「日本石油精製(株)」(日石とカルテックスの合弁会社)発足。
1952 昭27 3. 「臨時物資需給調整法」廃止⇒石油の公定価格制度の廃止。
    4.28 発効(占領時代終了)
    4. 丸善、松山製油所操業再開。
      富士興産、全国石油工業協同組合に加入し、全国の潤滑油製造業者に対する潤滑油原料の一括輸入、販売を行う。
    5. 「石油および可燃性天然ガス資源開発法」公布。
    5. 出光、米国西海岸から高オクタン価ガソリン輸入。(日章丸、5,000kl、オクタン価77.2)・・・当時の国内品のオクタン価は約60
    7. 全石油製品の統制廃止。
    10. 亜細亜石油設立。
    10. 水協法に基づき、 (全漁連)設立。
    11. 全購連(後の全農)、日本鉱業と売買基本契約締結。
    ゼネラル石油、SVOC(エクソンモービルの前身)と石油製品の供給及び委託販売契約を締結。
    全購連(後の全農)、石油の取扱開始。
1953 昭28 1. 東亜石油、石油製品元売業者の指定を受ける。
    1. 通産省、石炭から重油へ熱源転換を奨励。
    1. 全購連(後の全農)、大協石油と売買基本契約締結。
    3. 亜細亜石油、横浜製油所を買収。
    4. 全購連(後の全農)、日本石油と売買基本契約締結。
    5. 出光、イランから石油製品を輸入(日章丸事件)。
    5. 石油協同組合が全国各地に設立され、その連合体として 創立。
    7. 全漁連、石油購買事業開始。出光と燃料取引契約調印。
1954 昭29 3. 通産省「重油消費規制措置」を決定、再び炭主油従へ。
    4. イラン・コンソーシアム設立。
1955 昭30 4. 石油業界3団体および自動車業界21団体が揮発油税増徴反対同盟を結成。
    7. 通産省から、全漁連に輸入元売会社として漁業用A重油10万klの外貨割当を得る。
    8. 東亜石油、神奈川県川崎市に原油処理能力6,000バーレル/日の製油所を建設し、石油精製に進出。
    8. 原・重油関税賦課(石炭産業を保護)。
地方道路税施行(揮発油に課税)
    8. 旧陸海軍燃料廠払い下げを閣議決定
(四日市・昭和石油、徳山・出光興産、岩国・興亜石油と三井グループ)
    9. 丸善石油、ユニオンと委託精製契約
    10. BP、CFPが対日進出(BPは丸善石油と、CFPは三菱石油と原油売買契約)。
    11.1 石油連盟発足(石油精製・元売両懇話会が合併)。
    12. 「石油資源開発株式会社法」に基き、半官半民の「石油資源開発(株)」を設立。
1956 昭31 2. 北日本石油創立。
    5. 通産省が「わが国の石油産業-その現状と問題点」(石油白書)発表。
    6. 地方税法の一部改正(軽油引取税創設 6,000円/KL)
    10. 富士興産、昭和石油(株)海南製油所を買収、海南製油所として潤滑油およびアスファルトの製造を開始。
    11. スエズ戦争によりスエズ運河閉鎖(マンモスタンカー時代へ)。
    11. 北日本石油が函館製油所完成。
    12. 通産省が生産・供給・価格・タンカー船腹などで強い行政指導を実施。
石油連盟が最近の石油の問題点で意見書発表。
    全購連(後の全農)、出光と売買基本契約締結。
1957 昭32 3. 出光、徳山製油所竣工。
    4. 揮発油税増徴(新税額 14,800円/KL)
地方道路税増徴(新税額 3,500円/KL)
軽油引取税増徴(新税額 8,000円/KL)
    4. スエズ運河再開。
    6. 中東原油のペルシャ湾岸輸出価格を一斉引き上げ
    9. 灯・軽油、A・B重油輸入、外貨割当制に移行
    10. 丸善と北日本石油、資本・販売提携契約に調印
    11. 昭和石油(株)、シェルグループ、三菱グループの資本参加を得て『昭和四日市石油株式会社』を設立。
    12. サウディアラビアと日本輸出石油株式会社が利権協定締結(商業量発見より40年間)。
1958 昭33 1. 三菱石油、我国初の石油芳香族製品の生産、販売を開始。
    2. アラビア石油設立。日本輸出石油株式会社よりサウディアラビア利権継承。
    4. 通産省、ソ連原油の外貨割当を発表。
    5. 昭和四日市石油、四日市製油所竣工。原油処理能力・日産4万バーレルの受託精製を開始。
    7. アラビア石油、クウェイトと利権協定締結(発効日より44年半)。
    7. 石油元売各社が通産省鉱山局指示案を了承し生産調整実施。
    7. 日本輸出石油、日本輸出入石油と改称。
    11. 日本漁網船具、日本水産、東燃の共同出資により日網石油精製(株)が設立される。
    11. ゼネラル石油設立(東燃とゼネラル物産が折半出資)。
    太陽、我が国初のソ連原油輸入。
1959 昭34 2. 通産省、全漁連のソ連A重油輸入を許可
    3. 米国、原油の輸入を強制的に制限。
    3. 日本初の石化コンビナート、四日市に完成。
    4. 軽油引取税増徴(新税額 10,400円/KL)
揮発油税増徴(新税額 19,200円/KL)
    9. 昭和四日市製油所、伊勢湾台風により罹災。
    12. 全漁連、ソ連石油輸出公団と3ヵ年間でA重油30万トンの輸入契約締結(黒海積)。
1960 昭35 1. アラビア石油、カフジ油田発見(2月28日公式宣言)。
    2. 亜細亜石油と北日本石油が合併。新亜細亜石油と社名変更。
    3. 出光がソ連石油公団と石油輸入契約を締結。4月から輸入を開始。
    4. 原油関税増徴(新税率 6%)
    4. 通産省より、農林漁業用輸入重油関税免除の確認業務を全石協に委託。
    4. 日本とインドネシア、北スマトラ油田開発協定調印。
    5. 三菱石油、 の操業開始。
    5. 石油連盟が答申書「石油産業の貿易自由化について」を通産省に提出。
    6. 北スマトラ石油開発協力を設立。
    9. 石油輸出国機構(OPEC)結成(イラン、イラク、サウジアラビア、クウェート、ベネズエラの5ヵ国)。
    11. ゼネラル石油、川崎製油所完成。
    12.20 九州石油設立(資本金10億円、本店東京都中央区、八幡製鉄、八幡化学工業、木下産商などが出資)。
    「関税暫定措置法」施行により農業用重油の免税措置実施。
1961 昭36 2.18 三井石油、三井物産の石油国内販売部門を担当する目的として設立(資本金2,500万円)。
    2. カフジ油田、原油生産開始。
    4. ガソリン税増徴(揮発油税 22,100円/KL、地方道路税 4,000円/KL)
    5. 軽油引取税増徴(新税額 12,500円/KL)
    5.1 東邦石油が、中部電力、出光、三菱商事の三社均等出資により設立(資本金2億5千万円)。
    5.16 日本鉱業、水島製油所操業開始。
    5. 石油鉱業懇話会を創立。帝国石油、石油資源開発、アラビア石油、北スマトラ石油開発協力の4社にて。
    6. 関税定率法改正(石油は従量税化。原油関税 320円/KL)。
    7. 通産省がエネルギー懇談会を設置。
    9. 帝国石油、帝石トッピングプラント設立。
    9. エネルギー懇談会が報告書「消費地精製方式を推進する必要性について」を発表。
    10. 通産省、自由化対策のための欧州石油調査団を派遣。
    10. 通産省が行政指導で生産調整方針を決定
    11.20 石油鉱業懇話会を解消し、 を創立。帝国石油、石油資源開発、アラビア石油、北スマトラ石油開発協力の4社の出資。
    12.11 スタンダード・ヴァキューム日本支社解体、エッソ・スタンダード石油とモービル石油発足。
    12. エネルギー懇談会「石油政策に関する中間報告」発表。
    12. 石油業法案の要領発表。
1962 昭37 3. 東燃、川崎工場完成。
    3. 東燃の資本構成変更、モービルとエッソが各25%出資。
    4. 原油関税増徴(新税額 530円/KL)。
    5.11 石油業法公布。
    6.25 西部石油創立(本社:東京都千代田区)。
    7.10 石油業法施行。
    7. 石油審議会設置。
    7. 石油審議会が昭和37-41年度石油供給計画を答申。
    7. 産業構造審議会に石油部会設置。
    7. 石油構造審議会が特定設備の新増設の許可で答申。
    7. OECDが加盟国に60日分の石油備蓄保有を勧告。
    8. 出光、外航タンカー部門の出光タンカーを設立し、戦後再び海運事業へ本格的に参入。
    9. 通産省、行政指導による生産調整開始。
    10. 出光、当時世界最大の13万9千重量トンタンカー「日章丸三世」を就航。
    10. 原油輸入の自由化(外貨割当制度の廃止、輸入自動承認制に移行)。
    11. 通産省、石油製品の標準額告示(昭41年2月廃止)
    12. 新亜細亜石油が亜細亜石油と改称。
    東燃、川崎工場完成、操業開始。
1963 昭38 1. 出光、千葉製油所竣工。
    1. 丸善、千葉製油所常圧蒸留装置完成。
    4. 原油関税増徴(新税額 640円/KL)
    4. 通産省鉱山局長が元売に標準額順守を通達。
    5. 石油商業組合が全国各地に設立され、その連合体として 創立。
    5. 日本石油と九州石油が製品販売で業務提携。
    5. 石審が特定設備の一般的許可基準を答申。
    6. 極東石油工業、三井物産を中核とする三井グループ8社とモービル・ペトロリアム社の共同出資により資本金2億5,000万円で設立。
    11. 出光、下期生産調整をめぐり石油連盟脱退。
    この年、タクシー燃料がガソリンからLPGへ切替。
1964 昭39 1. 通産省が石油各社に昭和39年1-9月の生産調整を指示。
    4. 九州石油、 操業開始(原油処理能力40,000B/D)。
    4. ガソリン税増徴(揮発油税 24,300円/KL、地方道路税 4,400円/KL)。
    4. 軽油引取税増徴(新税額 15,000円/KL)。
    4. 軽油輸入は自動承認制、重油は関税割当制に移行。
ガソリン、ナフサ、ジェット燃料、灯油、LPGの輸入自由化。
    4. 通産省、精製元売各社に市況是正の警告。
    4. 丸善、関西石油を設立。
    4.17 富士石油設立(東京都千代田区大手町一丁目2番3号三井生命ビル)(アラ石、東電、住化、日鉱など出資)
    6. 通産省が給油所建設規制の行政指導(数量規制)実施。
    6. 新潟地震発生、昭和石油新潟製油所被災。
    10. 東海道新幹線開業
    10. 東京オリンピック開催
    11. 亜細亜石油、アジア石油に社名変更。
    11. 東邦石油、尾鷲工場操業開始。
    11. 産業審総合エネルギー部会が中小石油企業の集約による共販会社設立と海外探鉱開発の推進による原油供給源の分散化を提言。
    太陽、我が国初のルーマニア原油輸入。
    電力の原油生焚き本格化。
1965 昭40 1. 石油連盟が業界安定対策特別委員会を設置。
    2. 通産省が昭和40年度給油所建設方針を決定。
    4. 通産省、給油所建設行政指導開始。
    7. ゼネラル石油、堺工場完成、操業開始。
    8. 日本鉱業、東亜石油、アジア石油の三社で共同石油設立(資本金3億5,000万円:販売部門の集約、後に富士、鹿島も参加)。
    8. 総合エネルギー調査会発足。
    8. 石審が富士興産の精製業許可を答申。
1966 昭41 1. 共同石油:日本鉱業、アジア石油、東亜石油の配油業務集約。
    2.21 インドネシア国営石油ガス会社PERMINA [PERTAMINAの前身]との北スマトラ沖鉱区に関する生産分与契約締結により、北スマトラ海洋石油資源開発(株)設立⇒後の国際石油開発(株)。
    2. 石油ガス税創設(5,000円/トン)。
    2. 通産省が石油標準額廃止。
    3. 昭和石油、新潟製油所再建。
    3. 出光、日本海大陸棚の試掘権を出願し、石油開発に本格的に参入。
    6. 共同石油:日本鉱業、アジア石油、東亜石油の販売業務集約。
    6. 日本エネルギー経済研究所創立。
    8. 富士石油、共同石油(現ジャパンエナジー)グループに参加。
    9. 通産省が生産調整を撤廃。
    10. 生産調整廃止により、出光、石油連盟復帰。
    10. 日本オイルターミナル設立。
    12. 出光、世界初の20万トン級VLCC(超大型タンカー)「出光丸」(20万9千重量トン)を就航。
1967 昭42 1. ゼネラル物産をゼネラル石油に、ゼネラル石油をゼネラル石油精製に社名変更。
    2. 総合エネルギー調査会、第一次答申
    2. (株)設立。出光、丸善、極東石油、富士石油が共同出資。
    6. 石審が特定設備の許可基準変更。
    6. 第3次中東戦争。アラブ産油諸国が対米英石油輸出を禁止(9月解除)。
    7.19 日本海石油設立。
    7. 石油開発公団法公布。
    8. 公害対策基本法公布。
    9. 通産省が「特定地域における秩序ある給油所の建設指導」示す。距離規制を導入。
    10. 石油開発公団設立。
    10.30 鹿島石油設立(資本金7億5,000万円、本店港区芝琴平町38番地)。三菱油化、東京電力、共同石油、大協石油の4社の共同出資。
    12. シェル石油、西部石油と資本提携。
1968 昭43 1. アラブ石油輸出国機構(OAPEC)結成。
    1. 丸善、大協、日本鉱業の三社共同でアブダビ石油を設立。
    1. 琉球政府がガルフ、エッソ・イースタン、カルテックス、カイザー4社の製油所建設を許可。
    2. アジア石油と東亜石油の共同出資で扇島石油基地(株)設立。
    5.24 琉球法人エッソ・スタンダード(沖縄)設立。
    6. 大気汚染防止法・騒音規制法公布。
    6. 小笠原諸島復帰。
    7. 共同石油、石油連盟に加盟。
    7. 東北石油、三菱グループと地元財界の出資により資本金2億5千万円で設立。
    8. 東洋石油精製設立。
    9. 関西石油堺製油所完成。
    10. 富士石油、袖ケ浦製油所稼働開始(原油処理能力:日量7万バレル)。
    10. 極東石油工業、千葉製油所操業開始。
1969 昭44 2. 東大安田講堂攻防。
    2. 硫黄酸化物環境基準制定。
    7. アポロ11号月面に着陸。
    9. 日石喜入基地完成。
    9. 石審が特定設備の許可基準(適正稼動率92.5%に引き上げ、原油輸入計画)、タンカー運賃基準レートをワールドスケール方式に変更。
    10.1 日本海石油、富山製油所操業開始(30,000B/D)。
    10. 全国石油政治連盟(油政連)発足。
    11. 西部石油、山口製油所( )操業開始。
1970 昭45 1. ガルフ石油精製、沖縄に設立。
    3. 東西オイルターミナル設立。
    3. 日本万国博覧会開催。
    4. 鹿島石油、鹿島製油所( )操業開始(120,000b/d)。
    5. 共同石油とアジア石油の共同出資によりアジア共石設立。
    5. 日本共同原油設立。
    6. 鉛公害問題発生(ハイオク・ガソリンの販売自粛)。
通産省が自動車ガソリンによる鉛害の防止対策を発表。
    7. 石審が設備許可基準にガソリン脱鉛計画追加。
    8. 産構審産業公害部会が昭和49年4月以降のガソリン無鉛化を答申。
    12. 興亜石油、 ( )完成(大阪府高石市)。
    12. 公害対策基本法改正。
    12. OPEC総会で公示価格引き上げ決議。
1971 昭46 7. OECDが加盟国に90日分以上の備蓄を勧告。
    7. 東北石油、 操業開始(40,000B/D)。
    9. 富士石油、呉羽化学工業・住友金属工業・アラビア石油とともにユリカ工業(株)を設立。
    11. 低硫黄原油の関税引き下げ(新税率 530円/KLへ110円下げ)
    12. スミソニアン通貨調整で円16.88%切り上げ(1㌦=308円)。
1972 昭47 1. エッソ・スタンダード(沖縄)、沖縄製油所竣工。
    2 キグナス石油株式会社発足(資本金10億円)。
日本漁網船具と東燃の折半出資により、日本漁網船具(株)の石油部門が分離独立し、新会社として発足。
    2. 札幌オリンピック(冬季大会)。
    2. 全購連、「系統石油事業拡大推進全国農協代表者大会」開催。
    3. 全販連と全購連が合併し、「全国農業共同組合連合会」誕生。
    4. エッソ・スタンダード(沖縄)、南西石油に社名変更。
    4. 富士興産、千葉県船橋市に潤滑油ブレンド工場として船橋製油所を稼動。
    4. 航空機燃料税創設。
    4. 軽油と重油の輸入自由化実施(重油は関税割当制度実施)。
    5. ゼネラル石油、「南西石油」に住友化学工業とともに資本参加(エッソ・イースタン50%、ゼネラル石油25%、住友化学工業25%)。
    5. 沖縄返還。
    5. 石審が特定設備の完成時期繰り延べなどを答申。
    7. 通産省が「石油備蓄の増強について」を発表。
    9. 日中国交正常化。
    10. アジア共石、坂出製油所完成(常圧蒸留装置:60,000B/D)。

 

 

【参考資料】

①文献
・「石油で読み解く『完敗の太平洋戦争』」岩間敏、朝日新書(2007)
・「世界石油年表」村上勝敏、オイル・リポート社(2001)
・「石油の世紀 出光の歩み-創業85周年写真集」出光興産編(1996)
・「日本石油百年史」日本石油編(1988)
・「“コスモ”誕生-石油再編成にかける男の執念」大野誠治、日本工業新聞社(1985)

②ホームページ
・各企業HP
【研究機関】
・神戸大学付属図書館デジタルアーカイブ⇒石油
【その他】
・man@bow:先駆者達の大地
・じゃびら総合研究所-経済傑物列伝、上場企業の沿革